勘三郎カーボンメガネフレーム

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    フレーム・勘三郎2510

    メガネのアキのお得意様の関様です。

    現役エンジニアですが、余暇にジムに通い

    70代の青春をエンジョイしています。


    メガネのネジ入れ・掛け具合調整

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      ネジ入れ・掛け具合調整の時

      ¥200でストラップを購入頂いています。

      大和市社会福祉協議会でボランティアさんが

      手作りしたものですが

      かわいらしくて好評です。


      顧客満足度

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        さて、私は結婚してから

        千葉市のデパートのメガネサロンに勤務しておりました。

        眼科におりましたので検眼が出来たのですが

        眼鏡店で女性が検眼をするというのは珍しかった時代です。

        眼科では仮枠でクロスシリンダーを使います。

        眼鏡店ではフォロプターにほとんどの機能が組み込まれていて

        その機能は素晴らしいものだと感心しました。

        昭和50年後半から60年代

        時代は好景気で高額なものがバンバン売れていました。

        農家で育った私には、まるで別世界

        そこで叩き込まれたのは、

        自分は知らなかった様々な価値観を持った人たちがいる、

        優秀な販売者は、それぞれの違った価値観を感じ取ること

        それが、お客様の満足度に直結するということでした。

         

        へろへろに疲れ、お腹はぺこぺこ

        家のダイニングに座り込み、ぼーっとしながら

        買ってきた袋菓子をひとつまた二つと

        気がついた時には空っぽになっていました。

        夫との夕食の時間、私の箸が進まないのをみて

        「お前なんか食べたの?」

        「うん」

        そのあとなんて言ったか忘れてしまいました。


        「眼鏡」12月号に掲載されました

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          恥ずかしながら掲載されました。


          メガネレンズCR39の登場

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            バリラックスと同じ頃

            新素材として登場したのがプラスチックレンズ(CR39)です。

            軽い・破損しにくい・染色可能

            店舗の加工場に染色器をセットしていました。

            ただし、難点は、ガラスに比べて圧倒的に透過率が低い、

            そして、厚い・傷つきやすいということでしょうか。

            この3点についての研究がこの40年間の課題でした。

             

            時代は変わって今、ガラスレンズの需要はほとんどありません。

             

            もうひとつプラスチックレンズの難点は

            雨にぬれたままにしておくとシミになってしまうことでした。

            いわゆる、水垢みたいなものです。

            それを除去するのになんと、歯磨き粉で磨いてください

            なんて時もありました。笑っちゃいますね、

             

            そういえば数日前に当店で購入したお客様が来店

            目が見えないほどレンズが傷だらけでした。

            どうしたんでしょう?と尋ねると

            「レンズに傷がついたようだから、歯磨き粉で磨いた」とのこと

            びっくり仰天、それで、昔のことを思い出してしまったのです。

             

             

             


            アイメックを使ったインディビジュアルレンズ

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              境目のあるバイフォーカルに変わって登場したのが

              境目のない遠近両用レンズのHOYAバリラックス

              画期的な開発でした。

              そのフィッティングはコツがあり

              閉店後、HOYAの営業マンによる勉強会が何回もありました。

              その後、各社から同種のレンズが開発されましたが

              周辺部の揺れをいかに改善するかが40年来の課題だったようです。

               

              近年のインディビジュアルレンズはその最高峰といえるでしょう。

              PDはもちろん、フレームのそり角・傾斜角・下方視線量の測定

              お客様の視生活に合わせた度数と近方加入量と累進帯長の決定

               

              これらが全てマッチングした仕上がり

              出来上がったメガネをお渡しする時は

              「本当にいい仕事をさせていただきました。ありがとうございます」

              と、職人として、心の底から感謝の言葉が出てきます。


              べっ甲フレームの失敗

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                人気のあったべっ甲フレームです。

                金枠はともかく、べっ甲は適度の湿度が必要です。

                そのため、グラスに水を入れた特定の陳列ケースに展示されていました。

                これでは、気軽に手にとって見ることができない、と

                私は、オープンの陳列棚に出してみました。

                これが大きな失敗のもと・・・

                 

                ある時、フレームを拭いていると

                数本のフレームの甲にヒワレが!!!(甲が乾いて剥がれる状態)

                あわてて陳列ケースに戻しました。

                が・・・あの時の損失はいかがなものだったか、

                上司からは何も言われませんでしたが

                あれから40年、今でも時々思い出します。

                 


                三越メガネサロンでの勤務

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                  いらっしゃいませ・ありがとうございます、

                  と、やっとなめらかに言えるようになったころ

                  メガネの掛け具合調整に来店されたお客様がいました。

                  お待ちいただいている間

                  新しいフレームを試し掛けしてい頂きましたところ

                  購入が決定。たしかローデンストック一式37,500円

                  店長に、

                  えっ?具合調整に来た方にメガネ売っちゃいました。

                  いいんでしょうか??

                  店長「そろそろ買い換えてもという気持ちを引き出すのが小売業だ」と

                  あの頃は、かわいいものでした。(笑)

                  それから半年後、景気のいい時代で

                  金・べっ甲をかなり売っていたような気がします。

                  30年後の私→


                  眼鏡店に転職の決意

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                    眼科では2年間、視力検査はもちろん

                    視野検査・コンタクトレンズのフィッティング・眼底写真の整理

                    など、みっちり習得、人気眼科なので毎日残業です。

                    眼科入職3ヶ月目、コンタクトレンズの研修で

                    夫との出会いがありました。夫・26歳 私・20歳です。早すぎた!

                    夫は小島眼鏡で鍛え上げられ、千葉の個人店の店長

                    「おれは将来独立する、一緒になってくれ・・」

                    あの頃の若い男性は元気がありました。

                    すったもんだの末、地元の老舗眼鏡店に転職を決意

                     

                    デパートのメガネサロンに配属されました。

                    まず、「いらっしゃいませ・ありがとうございます」が言えません。

                    人に頭が下げられない・・自分でも驚いてしまいました。


                    40年前の白内障手術

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                      40年前、当時、4流短大を卒業した私は、

                      学科試験なし面接だけ、という地方の眼科に就職しました。

                      PMMA素材のコンタクトレンズの全盛期の時代です。

                      その眼科は女医さんでしたが

                      個人開業医では珍しい白内障の手術もする眼科でした。

                      今でこそ「日帰り手術」は当たり前になってきましたが

                      あの頃は、術後1週間の入院、左右の頭部を砂袋で固定し

                      まかないさんも必要とするようなものでした。

                       

                      眼内レンズなんてありません。水晶体全摘です。

                      術後は、コンタクトレンズを入れられる方はプラス13〜14コンマの

                      コロコロしたレンズを装着

                      それができない方は、プラス13〜14のレンチキュラーのメガネ、

                      レンチキュラーなんていうレンズは今は価格表からも消えていますよね。

                       

                      いゃ〜、本当に時代が大きく変わりました。

                      使い捨てのコンタクトレンズはもちろん無くて

                      PMMA素材のハードは、うっかり入れたまま寝てしまうと

                      翌朝は目が開かない、猛烈な角膜炎を起こして

                      眼科に飛び込んでくる方が何人かいたのを覚えています。

                      つづく

                       



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